東京地方裁判所 昭和56年(ワ)5956号 判決 1990年9月17日
原告
東部産業株式会社
右代表者代表取締役
遠藤哲也
右訴訟代理人弁護士
島田叔昌
同
島田正純
同
佐藤義行
右島田叔昌訴訟復代理人弁護士
五十嵐利之久
右佐藤義行訴訟復代理人弁護士
小松哲
被告
中川武光
右訴訟代理人弁護士
福島啓光
同
新堀富士夫
同
桝井眞三
被告
中川勇吾
同
山本博
右訴訟代理人弁護士
松嶋泰
同
土屋良一
同
寺澤正孝
被告
前田順治
右訴訟代理人弁護士
豊田泰介
同
熊谷康一
被告
関逸郎
右訴訟代理人弁護士
関康隆
被告
綿貫守男
同
小池俊二
右両名訴訟代理人弁護士
平井二郎
同
安西勉
右平井二郎訴訟復代理人弁護士
長井導夫
被告
横光弘行
右訴訟代理人弁護士
小澤克介
右訴訟復代理人弁護士
西畠正
同
栗山れい子
同
井上章夫
被告
丸万証券株式会社
右代表者代表取締役
御友重信
右訴訟代理人弁護士
近藤昭二
主文
一 被告中川武光及び同中川勇吾は、原告に対し、連帯して金三三〇〇万円及びこれに対する昭和五三年三月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告と被告中川武光及び同中川勇吾との間に生じたものは右被告らの負担とし、原告とその余の被告らとの間に生じたものは原告の負担とする。
四 第一項は、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、各自金三三〇〇万円及び昭和五三年三月二三日から支払済みまで、右金員の内金八〇〇万円に対しては年五分の割合による、内金二五〇〇万円に対しては、被告中川武光、同中川勇吾、同山本博、同前田順治、同関逸郎、同綿貫守男、同横光弘行、同小池俊二は年五分の割合による、被告丸万証券株式会社は年七分五厘の割合による各金員の支払いをせよ。
2 訴訟費用は被告らの連帯負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 被告中川武光(以下「被告武光」という。)、被告中川勇吾(以下「被告勇吾」という。)、同山本博(被告「山本」という。)、同前田順治(被告「前田」という。)、同関逸郎(被告「関」という。)、同綿貫守男(被告「綿貫」という。)、同横光弘行(被告「横光」という。)、同小池俊二(被告「小池」という。)は、昭和五二年三月から五三年二月ころまで、繊維機械などの機械類、繊維品等の売買を目的とする訴外パシフィック通商株式会社(以下「訴外会社」という。)の取締役であり、被告武光が代表取締役であった。
2 被告丸万証券株式会社(以下「被告会社」という。)は、有価証券の売買の媒介、取次又は代理、募集又は売出の取扱等を業とする証券会社である。
3 訴外会社は、昭和五三年三月一日付けで三〇万株の新株(額面五〇円)を、第三者割当ての方法で、一株の価格六〇〇円とする時価発行をした(以下「本件新株発行」という。)が、原告は、その際、五万株の株式を引き受け、同年二月二三日に訴外会社に三〇〇〇万円を払い込み、同年三月一日付けで訴外会社の株主となった。
4 訴外会社は、昭和五四年二月一五日、東京地方裁判所において破産宣告を受けた。
5(一) 被告武光は、訴外会社の第一一期(昭和五一年四月一日から同五二年三月三一日まで)及び第一二期上半期(同五二年四月一日から同年九月三〇日まで)の各貸借対照表及び損益計算書に虚偽の事項を記載し、第一二期上半期においては、真実は五億九三八七万〇二四〇円の純損失があったのに、七億六九五八万九二四〇円の架空の利益があったこととして、税引前純利益を一億七五七一万九〇〇〇円と計上し、これを取締役会に諮り、被告ら(被告会社を除く。)の賛成を得た。
(二) 被告武光は、訴外会社の真実の経営内容は悪化していたのであるから、本件新株発行の議案を取締役会に上程すべきでないのに、これを同五三年二月の取締役会に提出したところ、被告ら(被告会社を除く。)は訴外会社の真実の経営内容を調査せず漫然これに賛成した。
(三) 訴外会社の破産は右(一)及び(二)を原因とするものであり、これにより本件新株発行による株式の経済的価値は失われた。
6 およそ、会社の財務分析について高度の専門的知識と経験を有する証券会社が、従来取引のある顧客に対し、外務員を通じて非上場株式の新株引受けを勧誘すれば、顧客はその説明を信じて新株の引受けを決断することは容易に予想されるところである。したがって、このような証券会社が新株引受けを勧誘する際には、新株発行会社の経営内容、資産状況等の調査を尽くし、顧客に損害の及ばないことを確認する注意義務があるというべきである。ところが、被告会社は、本件新株発行に当たり、右の調査、確認義務を怠り、訴外会社が公表した決算書類を詳細に検討しなかったため、その売上額、受取手形額、棚卸資産等の異常性から訴外会社の財務内容が真実は不健全であることを容易に発見できるにもかかわらず、これを看過した。
さらに、被告会社は、原告に対し、本件株式が上場されれば株式払い込み金額の三倍には騰貴するとの断定的判断を示したうえ、資金的手当ができない旨申し出た原告に対して融資先まで紹介し(原告の払込み金額の内二五〇〇万円につき金利年七分五厘の割合による融資)、強引に本件新株の引受けを勧めてこれを引き受けさせ、よって、原告に対し右払込み総額三〇〇〇万円の損害を与えた。
7 原告は、本件事案に鑑み、原告訴訟代理人に本訴の提起を委任し、その報酬として三〇〇万円の支払いを約束した。
よって、原告は、被告会社を除く被告ら各自に対しては旧商法第二六六条一項又は二項に基づき、被告会社に対しては不法行為に基づき、請求の趣旨記載の判決を求める。
二 請求の原因に対する認否及び反論
1 (被告武光、同勇吾、同山本の認否)
(一) 請求の原因1、3及び4の事実は認める。
(二) 同5の事実中、被告武光が第一一期及び第一二期上半期の各計算書類及び本件新株発行についての議案を取締役会に上程し、右について各取締役の賛成を得たことは認め、その余は否認する。
(三) 同7の事実は不知。
2 (被告武光の反論)
訴外会社は、昭和四九年ころから公認会計士に経営指導及び監査を依頼し、その指導のもとで適正な経営をしてきたものであって、第一一期及び第一二期上半期についても、訴外新栄監査法人による監査を受けており、被告武光が計算書類に虚偽の事実を記載したことは全くない。
3 (被告前田、同関、同綿貫、同横光、同小池の認否)
(一) 請求の原因1、4、5及び7の事実についての認否は、被告武光、同勇吾、同山本と同じ。
(二) 同3の事実中、訴外会社が昭和五三年三月一日付けで三〇万株の新株(額面五〇円)を第三者割当の方法により一株の価格六〇〇円とする時価発行を行ったことは認め、その余は不知。
4 (被告会社の認否)
(一) 請求の原因2及び3の事実は認める。
(二) 同4、5及び7の事実は不知。
(三) 同6の事実は否認ないし争う。
5 (被告会社の反論)
(一) 被告会社東京支店は、昭和五三年はじめ、訴外会社から、訴外会社が同年三月第三者割当による一億五〇〇〇万円の増資を計画しているので、安定優良株主を紹介し、推薦してほしいとの相談を受けた。被告会社は、訴外会社が前年にも資本金を二億円から四億円に増やし、同和火災、千代田生命のほか、訴外東海銀行(以下「訴外銀行」という。)などの大手金融機関等が株主となって今回の一億五〇〇〇万円の増資により株式上場をめざしていたこと(東京証券取引所第二部に株式を上場するには資本金が五億円以上でなければならない。)、当時経済誌などにおいて訴外会社は有望会社であるとして大々的に取りあげられており、被告会社としても関心をもっていたことなどから、その推薦を引き受けた。
被告会社のほかに、訴外日興、同大和、同岡三の各証券会社も同様の推薦依頼を受け、各社とも訴外会社が有望会社であるとの認識のもとに、それぞれ特別の顧客筋に引受けを推薦したが、たまたま被告会社が前記訴外会社の第三者割当を推薦したうちの一社が原告であった。
(二) ところで、五〇〇〇万円以上の増資の場合には、公認会計士の監査を要するものとされており、訴外会社の計算書類については昭和四九年三月、従来の三〇〇〇万円の資本金が八〇〇〇万円に増資されたとき以降、すべて公認会計士の監査を受け、したがって被告会社としては、前記のような諸条件を総合して訴外会社を有望株と評価し同会社からの株主紹介の依頼に応じたもので、その段階で特に詳細な経営分析まではしていない。また、仮りに当時発表された計算書類等を分析したとしても、訴外会社の実体を完全に把握することには限度があり、いわんやその決算数額に虚偽の記載がなされた場合において、外部からそれを看破することは不可能であるから、この意味においても被告会社には責任はない。
(三) なお原告自体、定款にも明記されているとおり、有価証券の投資並びに保有を目的とする会社であり、証券会社でこそないが、証券取引については高度の知識、経験を有するものであって、訴外会社の第三者割当の申込みにあたっては、一般投資家が専門家たる証券会社により新株を推薦されて引き受けるのと異なり、原告自らの情報分析、判断に従ってこれを行ったのであって、被告会社がことさらにねつ造歪曲した虚偽の情報を提供したというような事情でもないかぎり、被告会社にその責を帰せしめる筋合はないというべきである。
三 抗弁
1 (被告山本)
(一) 被告山本は、訴外銀行に勤務中の昭和五一年一月訴外銀行から訴外会社に出向を命ぜられたが、当時訴外会社は、被告武光が社長、同勇吾が副社長として社内各部を統轄しており、被告山本は、企画開発室長として、もっぱら製品問屋の整理及び製品販売会社を名古屋に設立するための人材のスカウトの仕事に携わっていた。被告山本は、同年五月二七日の株主総会で訴外会社取締役に選任され、同月三一日訴外銀行を退職し、同年六月一日訴外会社の常務取締役に就任したが、企画開発室長として前同様の業務に専心し、同五二年五月以降はさらに海外本部長を兼ね、同年一二月には企画開発室長を解かれ、訴外会社の組織変更にともない同五三年四月営業本部長となったが、同五四年二月二日、訴外会社の取締役を辞任した。被告山本の訴外会社における経歴は右のとおりであって、昭和五一年五月二七日の株主総会で取締役に選任されてはいるものの、その在任期間は二年八か月にすぎず、しかも訴外会社は被告武光及び同勇吾の両名が全権を把握して運営されていた会社であって、前述のとおり被告山本は企画開発室長、海外本部長として社外に出ることが多く、経営実体に触れることもなかったし、その実体を知る術もなかった。
(二) そこで、被告山本は、自ら決算内容について十分分析する機会を有しなかったし、公認会計士の監査済みの決算であることを信頼して、これに格別疑問を抱かなかったのは当然であり、本件においては取締役としての任務懈怠があったとはいえない。
2 (被告前田)
(一) 被告前田は、昭和四七年八月一日、企画室長の肩書で訴外会社に入社したが、部下はおらず、不動産物件の調査(当時、訴外会社は業務拡張にともない本社移転用のビルを物色していた。)等の業務に従事していた。その後、水産物輸入の調査に従事し、同四八年四月一日、物資部食品課長に任じられて水産物等の輸入業務に従事し、同年一〇月に物資部次長、同四九年四月に物資部長に、それぞれ任じられた。
被告前田は、同五〇年七月一日、統括部長に任じられ、その管掌事務は総務及び経理とされていたが、経理については手形の発行を含め、被告武光が直接処理し、被告前田は全く関与しなかった。被告前田は、同五一年六月、訴外会社の取締役(兼統括部長)に任じられたが、業務内容は従前のとおりであった。
同五一年七月ころから、訴外会社の取引先である関西機械エンジニアリング株式会社の経営が悪化し、訴外会社が関与して同社を整理、再建することとなり、その任務のため被告前田は同年一〇月ころから同五二年五月まで同社に出向(訴外会社における身分は従前のまま)し、大阪に常駐していたが、出向が終了すると、訴外会社取締役機械部長に任じられて編機等の販売を管掌することとなり、同年六月機械部長のまま専務取締役に任じられたものの、新たに与えられた権限はなかった。
被告前田は、同五三年三月一日の本件新株発行後、同年四月一日経営本部次長、同年五月一日営業本部次長と、それぞれ配転されたが、業務内容は従前の機械部長当時とほとんど変化はなかった。
(二) 被告武光及び同勇吾の両名は、訴外会社の創設者で訴外会社の筆頭株主(両名の合計持株数は、発行済株式総数の三〇パーセント弱になる。)でもあり、訴外会社の全権を掌握し、統率していたものである。
そこで、被告前田の如く、形式上単なる員数揃えの為に取締役に選任され、実体は一介の部長として日頃職務内容につき指揮監督を受けている者に対し、取締役会において被告中川兄弟の提案に対し、監視義務を全うして、異を唱えるよう要求することは、実際上被告前田に不可能を強いるものである。さらに、決算内容については、被告前田の職務上、会計処理については不案内であり、また公認会計士三名の監査を受けたものであることからして、被告前田がこれを信用したとしても責められるべきではない。
3 (被告関)
(一) 被告関は、昭和四五年七月、訴外会社に入社し、総務部等七部あるうちの外国部に配属され、同四七年三月から同四九年一一月まで香港支店開設準備のため香港駐在員、同年一二月に帰国後外国部長兼外国部業務課及び営業課課長に就任したところ、右業務課においては、四名の課員と共に訴外会社が海外から輸入する機械、原皮、衣類製品等の輸入手続及び海外取引先との通信業務等の職務に従事し、営業課においては、三名の課員と共に海外への機械、雑貨類の販売及び輸出手続等の業務に従事していたものである。
そして、被告関は、同五〇年六月に取締役に就任したが、従前の職務上の地位及び職務内容には何らの変更はなく、また、同五二年五月に会社の内部組織の変更により、右外国部は海外本部下に入ったため、被告関は、海外本部長の指揮、監督のもとに従前どおりの業務に専心していたものである。
(二) 右記2の(二)を引用する(但し「被告前田」とあるのを「被告関」と読み替える。)。
4 (被告綿貫)
(一) 被告綿貫は、訴外株式会社綿貨ミシン商会を経営しており、昭和二三年ころから取引のあった訴外ジューキ株式会社の販売部長をしていた被告小池、その部下の被告武光と知り合った。被告綿貫は、このような関係から被告武光に懇請され、昭和四四年ころ訴外会社の株式を引き受け、同四五年から同社の取締役に就任し、以降同五三年六月まで取締役に重任し、同月監査役に就任した。被告綿貫もその在任中は非常勤の社外取締役であり、特に業務の遂行等を担当したことはない。このため、被告綿貫は、訴外会社の経営の概要は別として、経営の実体・経理の詳細等を常に把握し得る状態ではなかった。
(二) 訴外会社の取締役会は、年間数回は開催され、そのうち、決算取締役会、増資取締役会等の開催に際しては、計算書、新株発行要領書等が事前に配付され、これには、取締役のほかに訴外会社の経理課員、監査役の永倉勉、取引銀行の銀行員等も臨席して審議された。
このように、訴外会社の取締役会は正常に運営されており、被告綿貫は非常勤の社外取締役であるが、招集通知のあった決算取締役会及び増資等の取締役会には必ず出席し、事前に配付された計算書、新株発行要領書等は検討して必要があれば説明を求め、意見を述べる等したほか、被告武光と経営の全般等につき意見を交換し、訴外会社の状況等を把握するべく努めた。
(三) 訴外会社の営業成績は、順調に伸びており、その事業計画、財産状態、決算等に異常な点、問題となる点は何等見あたらなかったし、昭和五二年の増資取締役会においてもこれらが議論されることは全然なかったのである。
(四) 訴外会社の経理は、長年これを担当し、熟知している永倉勉が監査にあたり、また、これには取引銀行も関与していたが、これらの者からは何ら異議が出たこともなく、かつ昭和四八年度以降は公認会計士鈴木勇蔵、江南時蔵、肥沼幸男の三名が監査していたところ、昭和五三年度半期までは適正なものと認める旨の意見を付した右三名の連名の監査報告がなされているのであり、これらは十分に信頼に足るものであった。
(五) 以上のように、被告綿貫は、非常勤の社外取締役としての職務は尽くしており、任務懈怠とみられるものはない。仮にそうでないとしても、三名の公認会計士が監査しても発見できなかった経理操作を被告綿貫が発見することは不可能であり、これを看過したとしても過失はない。
よって、被告綿貫が損害を賠償するいわれはない。
5 (被告小池)
(一) 被告小池と被告武光とは、もと訴外ジューキ株式会社の上司と部下の関係にあったことから、被告小池は、被告武光に懇請され、昭和四四年訴外会社の株式を引き受け、同四七年五月から訴外会社の取締役に就任し、以降同五三年六月まで取締役に重任し、同月監査役に就任した。
被告小池は、取締役在任中は非常勤の社外取締役であり、特に業務遂行等を担当したことがないため、訴外会社の経営の概要は別として経営の実体、経理の詳細等を常に把握し得る状態ではなかった。
(二) 右記4の(二)ないし(五)の事実を引用する(但し「被告綿貫」とあるのを「被告小池」と読み替える。)。
6 (被告横光)
(一) 被告横光は、昭和五二年五月、訴外会社に入社し、大阪支店長に就任した。大阪支店は、繊維課、皮革課、機械課、物資課の四課からなるものの、人員はわずか一六名(後に二〇名)であり、被告横光は、通常支店長本来の業務であると考えられる支店の総務、人事管理及び各課の調整事務をするのではなく、実際には少人数で業務に追われる各課の営業の応援業務をしており、一営業マンと変わらない状況であった。
なお、支店各課の具体的業務は、東京本社にあるそれぞれの所属する各部よりの直接の指示に基づいて行われる制度となっていたため、支店長の権限はこの点からも大きなものではなかった。
さらに、同年末には、年末特別セールと銘うって全社員に通常業務の他にノルマが課せられ、未達成額は翌年一月の給与から差し引かれるという苛酷なやり方が行われていたため、支店長としては、本来の業務に追われ、この特別セールにまで手の回らない者の分までカバーしてやらざるを得ず、妻にも応援を求め、寝る時間を惜しんで売り上げ増に務め、親戚や知人にまで売り歩く有様であった。
被告横光は、入社約二カ月後の昭和五二年七月、訴外会社の取締役に就任したが、勿論、大阪支店長も兼任したままであったから、第一に、前記のとおり、支店業務に追われて多忙を極めているうえ、本社から地理的にも離れていたため、取締役なる立場において、訴外会社の全体の運営に関与することなど時間的にも物理的にも不可能であったし、第二に、大阪支店長たる地位、すなわち会社の一従業員たる地位において会社から指揮命令を受ける立場に置かれていたため、会社の枢密事項について関与することなど組織上も不可能であった。
そのうえ、被告横光は、そもそも入社したばかりであって、取締役就任後日が浅く、役員としては最末端にあったし、しかも訴外会社は、会社創立者で株式の約三〇パーセントを握る被告中川兄弟が完全に実権を掌握するいわゆるワンマン会社であったため、月一回の役員会に出席した際に、会社の経理関係の資料の提出を要求して、これに基づいて監視義務を全うし、中川兄弟の提案に異を唱えることなど実際上不可能であった。
(二) 以上のとおり、被告横光は取締役会の一員ではあったものの、会社の経理内容について把握し、これを監視することは、時間的にも物理的にも、また、組織上も、現実の力関係からも不可能だったのであり、決算内容等について公認会計士の監査の結果を信用せざるを得ない状況にあった。
したがって、被告横光が原告主張の取締役会決議に関与したことがあったとしても、何ら責められる理由はない。
四 被告ら(被告武光、同勇吾、同会社を除く)の抗弁に対する認否
抗弁事実はすべて否認ないし争う。
第三 証拠<省略>
理由
一1 請求の原因1及び4の事実は各当事者間に争いがない。
2 同3の事実は<証拠>及び弁論の全趣旨によればこれを認めることができる(訴外会社が昭和五三年三月一日付で三〇万株の新株(額面五〇円)を第三者割当の方法により一株の価格を六〇〇円とする時価発行を行ったことは原告と被告武光、同勇吾、同山本との間では争いがない。)。
3 同5の(一)の事実中、被告武光が第一一期及び第一二期上半期の計算書類及び本件新株発行についての議案を取締役会に上程し、右について各取締役の賛成を得たことは各当事者間に争いがないので、その余の事実である被告武光が右各計算書類につき虚偽の記載をしたかについてまず検討する。
(一) <証拠>並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
(1) 訴外肥沼幸男(以下「訴外肥沼」という。)及び訴外鈴木勇蔵(以下「訴外鈴木」という。)らは、公認会計士であり、昭和四九年ころから訴外会社の会計監査に従事していたが、昭和五一年度決算期(第一〇期)ころから、訴外会社と手形取引の多い株式会社園山機商(以下「園山機商」という。)、関西機械エンジニアリング株式会社(以下「関西機械」という。)、株式会社東京ニットサービス(以下「東京ニット」という。)等の往査の必要を感じるようになり、訴外会社の代表取締役であった被告武光にその協力を求めたところ、同人から頑強にこれを拒否された。そのため、訴外肥沼らは訴外会社の経理内容について十分な資料に基づく監査をなし得なかった。
(2) 訴外会社は、昭和四九年七月二六日から同五〇年三月三一日の間において訴外株式会社マドリードとの間で別紙一覧表記載のとおり融通手形を交換し、同会社は右手形金相当額(昭和四九年九月一二日分を除く。)を売上として架空計上し、決算書を粉飾し、また、同会社は訴外会社との同五〇年四月一日から同五一年三月三一日までの取引において、売上げ、仕入れにつき七九一〇万円相当の粉飾をしていた。さらに訴外肥沼らが訴外会社と手形取引の多い訴外株式会社富重製作所(以下「富重製作所」という。)に対し、同五一年七月一四日、往査をしたところ、同五〇年二月一日から同五一年一月三一日までの間に同社は納品書及び売上帳による売上高が二億〇八八八万七七〇〇円であるのに同決算書には右を三億九五三四万一五六七円と記載し、一億〇六四六万三八六七円の粉飾をしていた。
(3) 訴外肥沼及び鈴木らは、第一一期の有価証券報告書に用いる監査報告書を作成した際、被告武光から日付欄を空白にした監査人の署名押印のある監査報告書の頭となる書面を二、三通欲しいといわれてこれを交付したところ、大蔵省の関東財務局に提出された訴外会社の第一一期の有価証券報告書(<証拠>)とは別に訴外銀行に提出された同期のもの(<証拠>)があり、第一一期の売上額その他業績は前者より後者の方が良いことが認められ、右によれば、後者の有価証券報告書は、被告武光が訴外鈴木から交付を受けた書面を用いて当時訴外会社のメインバンクであった訴外銀行に対し、実際よりも同会社の業績が良好であることを表示するため作成されたことが推認できる。
(4) 訴外肥沼は、同五三年三月ころ、訴外会社において第一三期上半期の決算報告書の試算表が四通あるのを発見しこれを分析したところ、第二回目試算表(<証拠>)では総収入金額が約四五億円、総支出金額が約六六億円であって、約二一億円の赤字があるのに対し、第五回目の試算表(<証拠>、右試算表は訴外会社の一三期上半期決算書の数値と一致する。)では、総収入金額が約四八億五〇〇〇万円、総支出金額が四八億三〇〇〇万円と変化しており、わずかながら黒字の数額が算出されており、右試算表作成の過程において約二一億円もの利益増処理がなされていると判断した。そのため、訴外肥沼は、被告武光に対し、<証拠>の質問をし、かつ再監査をさせて欲しい旨申し出たところ、同人から訴外会社は今は上場を控えて重大な時期にあり、関係帳簿及び関係書類を整備のうえ同五四年一月三一日までに再チェックを受けることに異議はない旨の念書(<証拠>)を出すので、今回は決算書に判を押して欲しい旨懇請された。そこで、訴外肥沼はやむなくこれを承諾した。
以上一ないし四の事実に対し、被告らは、本件監査は適正になされていた旨主張し、<証拠>中にもこれに副う部分がある。しかしながら、訴外肥沼は自己が一旦適正である旨評価した会計監査につき、後になってこれと反対の評価を下しているのであって、右によれば訴外肥沼は監査の責任を追及される可能性も存するという状況のもとにあるのに、あえて本訴において疑問点を率直に証言していると認められること、<証拠>によれば、監査当時訴外肥沼は疑問に思っていた部分につきさらなる調査をするべく被告武光にその旨申し出たが、被告武光にこれを拒否されたため、右監査は限られた資料に基づいてしかなし得なかったところ、訴外肥沼らは訴外会社が発展途上の会社でもあり、多少の資料の不備には目をつぶり、会社を育てていこうという考えをもって監査に臨んでいたことが認められ、以上によれば本件監査が右認定にかかる虚偽の記載の可能性についてまで排除したうえでなされたものと認めることはできない。
(5) 訴外会社のメインバンクであった訴外銀行は、昭和五三年八月ころ、被告武光から訴外会社の第一二期の決算について説明を受け、右勘定科目の内訳明細、仕入台帳、売上台帳、受取手形、支払手形発行台帳、現金出納帳等の資料の提出を求めたところ、被告武光は訴外銀行が従来以上に訴外会社を支援する意向を表明しなければこれを出せない旨回答した。これに対し、訴外銀行が右の資料も見ないまま右の約束は出来ない旨断わると、被告武光は訴外銀行に対し取引を中止する旨宣告するに至った(その後、被告武光は訴外銀行に対し、右の資料の一部提出を条件に取引再開を申し出ている。)。
(6) 訴外坂本修(以下「訴外坂本」という。)は、訴外会社の経理部を統括する機関である管理本部長として、昭和五二年一二月、訴外銀行から出向したが、訴外会社の経営の内容について把握することができなかったため、同五三年五月になって、被告武光に対し、訴外会社の売上げ、在庫、損益等経理内容が全くわからないので辞めたい旨申し出たところ、被告武光は、同年六月分についてのみ経理内容を明らかにした。また、同年九月の第一三期上半期決算報告書の原案が役員会にも取締役会にも諮られなかったので、訴外坂本が経理課長、被告勇吾に対し右の原案を出すように迫ったところ、ようやく同年一二月ころ、右の原案が示された。ところが右の原案となった決算報告書の試算表は四通あり、その内容は前記4のとおりであった。さらに、訴外坂本は訴外会社退職後、訴外会社の再建を図ろうとして同社の資料を検討した者から、同社が当時架空仕入れを計画していたことを示す書面を見せられた。
(二) 以上の事実が認められるところ、<証拠>によれば、訴外会社の園山機商に対する前受金補助簿の昭和五二年九月三〇日における借方上部欄には、二億一二六六万一二四九円の記載があるところ、同書面の同年一一月二〇日における貸方欄には上段に一〇〇〇万円、下段に二億〇二六六万一二四九円の記載があり、後者の金額の合計額は前者の金額と合致すること、同年九月三〇日、訴外会社は訴外園山機商との間で前受金と売掛金三九八六万四〇〇〇円とを相殺していること、訴外会社の前受金補助簿の昭和五二年度の総計表において同五二年九月三〇日の借方欄には、有限会社三喜が二九二九万九一一〇円、中村羊皮貿易株式会社が五三万七二〇〇円、株式会社北川が一二四万八〇〇〇円、ミンクエンジェルが六八万円、株式会社ジャパニーが六〇八万円の記載があるところ、同年一一月三〇日の貸方欄には、右各社につき各金額と同額の記載があることがそれぞれ認められる。
ところで、前受金が消滅するということはその消滅の時点で売り上げを認識し計上することを意味するものであるから、前記前受金消滅の日である同年九月三〇日の時点で訴外会社は売り上げを計上したか、あるいは仕入れ減の処理をしたことが推測されることになる。しかるに、右消滅した金額と全く同額の前受金が、同五二年度上半期の損益計算が明確になる時期である約二か月後の同年一一月二〇日及び三〇日に再び記帳されているところ、同年九月三〇日は丁度同年度上半期の決算の締め日にあたること、継続的に売買取引をしている会社間において、取引の途中で前受金がゼロとなることは極めて異例のものであること、また、前記認定のとおり、訴外会社は第一一期及び一三期上半期において極めて不明瞭、不自然な経理内容及び計算書の虚偽記載の事実があり、さらに、被告武光は、右の一旦消滅した数字と全く同じ数字が何故二か月後にまた記載されるに至ったかについて、合理的な説明をしないし、<証拠>によれば、かえって被告武光は訴外会社につき自己破産を申し出ながら、仕入帳、売掛帳等の帳簿類を散逸させているのであって、右の釈明の可能性を自ら封じているとも評価できること、被告武光は本人尋問において、昭和五二年度上半期の決算をそれほど重視していなかった旨の供述をして、その記載の正確性は保し難いものであることを自ら認めていること、同じく<証拠>によれば、訴外会社の破産管財人は、同会社の破産の原因は複雑な手形操作にあり、粉飾も疑っているとも考えられること等の諸事実を総合勘案するならば、少なくとも前記の同五二年九月三〇日に消滅したとされる前受金は、真実は消滅していなかったのにこれを帳簿上消滅したものとして処理したものと推認するほかない。
なお、原告は、関西機械及び東京ニットサービスについても前受金復活を主張するが、右主張にかかる金額は同一ではなく、関連性が明確でないから直ちにこれを認め難いうえ、他に右消滅した金員そのものが復活したことを認めるに足る証拠はない。
また、<証拠>中には、訴外会社の経営は昭和五三年一〇月頃までは順調になされていたものであって、同年一一月か一二月ころ大量の不渡手形の発生を機に経営が悪化したものである旨の供述がある。
しかし、<証拠>によれば、同人は同年同月ころには、社長の地位は退いたものの、依然として会長として代表権を有し、かつ筆頭株主であったことが認められるのに、同人は右の大量の不渡手形を出した会社の名前を思い出せないと供述したり、その不渡の原因については全く記憶していない旨供述するなど、およそ不自然な供述を繰り返しており、右供述は採用できない。
4 請求の原因5の(二)の事実及び(三)の前段の事実は、右記3認定の諸事実を総合すれば、これを推認することができ、また、同(三)の後段の破産により原告の引き受けた株式の経済的価値が失われたとの事実は当裁判所に顕著である。
5 請求の原因7の事実は、弁論の全趣旨によれば、これを認めることができる。
二そこで、抗弁事実について検討する。
1 <証拠>によれば、抗弁1の(一)の事実が、<証拠>によれば、抗弁2の(一)の事実が、<証拠>によれば、抗弁3の(一)の事実が、<証拠>によれば、抗弁4の(一)の事実が、<証拠>によれば、抗弁5の(一)の事実が、<証拠>によれば、抗弁6の(一)の事実が、それぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。
2 ところで、抗弁事実主張の被告らが商法二六六条の三、第一項、二項の過失責任を負う前提としては、右の被告らが相当の注意を払っていれば右計算書の虚偽記載を看破できたという状況になければならないところ、前掲各証拠、弁論の全趣旨及び前記認定の事実によれば、右の被告らの訴外会社における職掌分担は前記認定のとおりであって、いずれも会社の実質的な経理内容等について関与するものではないこと、訴外会社は被告武光及び同勇吾が実質的に支配する会社であって、営業方針や資金繰りは同人らがすべて行っていたこと、訴外会社は公認会計士による監査が強制されていないのに、昭和四九年から正式に公認会計士に監査を依頼し、これを承けた公認会計士三名は各会計年度の決算につきいずれも適正である旨述べていたこと、取締役会は、二、三か月に一回開かれ、訴外会社の支店や各部のノルマ達成のチェックをする営業会議的な側面を持っていた反面、公認会計士、監査役、訴外銀行職員らも同席し、経理状況等についての質疑応答もなされていたことが認められる。右の状況のもとにおいては、抗弁事実主張の被告らが被告武光の計算書類の粉飾を知り得る特段の事情が認められない限り、右の被告らに対し訴外会社の経理内容について公認会計士以上にさらに突っ込んだ調査、追及を期待するのは酷に過ぎるものと解せられるところ、本件においては、右の特段の事情を認めることはできない(もっとも、原告は、被告らが「架空の利益増処理をするための販売代理店制度」を採用しており、右の被告らもこの制度を熟知していた旨主張するが、原告の主張によっても右の制度自体が直ちに粉飾に結び付くものとはいえないうえ、右の被告らが訴外会社と販売代理店間の具体的経理処理に関わったことを認めるに足る証拠はなく、右の主張は失当である。)。
これに対し、原告は、取締役には会計監査とは別に業務監査をすることが求められているから、公認会計士の監査を信頼したことをもって過失なしとすることはできない旨主張する。しかしながら、前記認定の状況が認められる本件においては、業務監査の面からいっても右の被告らに過失があったということはできないというべきである。
3 被告勇吾は、被告武光の計算書類の虚偽記載について取締役会で賛成の意思を表示したことについて自己に過失がなかった旨の主張、立証を全くしない。
三請求の原因5の(二)の事実について検討するに、前記二の1及び2に認定の事実によれば、被告武光、同勇吾及び被告会社を除く被告らには、被告武光作成にかかる虚偽の計算書類につき取締役会において賛成したことにつき過失はなく、そうとすれば、右の被告らが右計算書類記載の経営状態を前提にして本件新株発行につき取締役会において賛成の議決をしたことにも過失はなく、また、被告武光が本件新株発行を取締役会に上程するにつき右の被告らに監視義務違反があったということはできない。
四請求の原因6の事実について検討する。
1 思うに、証券会社が、顧客に対し、特定の株式の売買や新株の引受けを勧誘して取引をさせ、その結果、当初の見込みが外れて損失を被らせた場合においても、証券会社が一律にその損失の賠償義務を負うとすることはできない。なぜなら、株式の価値は予期し得ない政治、経済の状況の変化等により急激な変動をするものであるし、その取引をするか否かの最終的決定権は顧客にあるからである。しかしながら、証券会社は、市場を取り巻く政治、経済状況はもとより各会社の財務内容等の分析についてその豊富な経験、情報、高度の専門的知識を有しており、それがために一般の顧客は、証券会社の推奨にはそれなりの合理的理由が存在するものと信頼して投資決定するものであるし、証券会社は右の信頼を獲得しているからこそ、その営業活動を拡大できるのである。そこで、右顧客の信頼は十分保護に値するものというべく、証券会社が顧客に対し証券取引の勧誘をするにあたっては合理的な根拠を有しない事実あるいは意見を述べてはならず、仮にこれに反して右のような合理的根拠のない事実又は意見を述べて顧客に投資の意思決定をさせ、損失を被らせた場合には、右の損失を賠償しなければならないというべきである。そして、右の理は、虚偽の記載のある計算書類を示して投資決定をさせた場合にもあてはまり、その者は、右の書類の記載内容を信頼して投資決定をした者がその結果被った損害を賠償する義務があるというべきである。しかしながら、右は無過失責任を認めるものではないから、証券会社が合理的な調査を尽くしてもその虚偽を発見できなかったときは、過失責任を問うことはできない。
2 本件においては、<証拠>によれば、被告会社は、本件新株発行にあたり、原告に対し、<証拠>(会社説明書)を示して新株を引き受けるように勧誘したこと、<証拠>中には第一一期及び第一二期上半期の販売実績、貸借対照表、損益計算書が表示されているところ、右は前述のように虚偽の記載を含むものであること、被告会社は通常未上場の株式会社の新株発行の際には、新株発行会社の資産、経理内容等について調査を尽くすが、本件新株発行に関しては、訴外会社の経理内容について本件新株発行の主幹事証券会社である訴外日興証券や訴外会社のメインバンクであった訴外銀行から訴外会社に二名の役員が出向していることなどから、格別経理内容につき調査をしなくとも大丈夫であると考え、右の調査をしなかったことが認められる。
右によれば、被告会社が本件新株発行に当たり、前記の調査義務を尽くしていなかったことが認められる。
3 しかしながら、<証拠>によれば、被告会社が後日に至り、第一一期及び一二期の有価証券報告書を分析したところ、売り上げが少ない割りに利益が多いこと、固定資産が少ないことが判明し、注意企業であることが明らかになったものの、その他具体的に右計算書類の虚偽を看破し得る事実が判明していないこと、右固定資産が少ないことは商社にはよく形態であること、訴外会社は、前記認定のとおり公認会計士による監査が強制されていない昭和四九年から自主的に公認会計士三名による監査を受けており、いずれも監査適正証明が出されていること、訴外銀行は当時訴外会社のメインバンクであって、取引高も多く、訴外会社の経理内容に極めて大きな利害関係を有しており、役員二名を訴外会社に派遣しているにもかかわらず、右粉飾を見抜けなかったこと等の事実を総合勘案するならば、被告会社が仮に前記調査義務を尽くしていたとしても本件粉飾を看破できたものとは断定できず、そうすると、被告会社の右義務違反と原告の損害との間には法律上の因果関係はないといわざるを得ない。
この点に関し、原告は、訴外銀行が社員二名を訴外会社に役員として出向させており、訴外銀行の系列会社である被告会社は、右の出向役員から訴外銀行を通じてその情報を知り得た筈である旨主張するが、前記認定のとおり、同人らはいずれも訴外会社の経営の中枢には参画させられておらず、真実の経営内容は把握し得ない情況にあったし、出向社員であっても、出向先会社の社員である限り、出向先会社への忠誠義務、守秘義務を負うことからすれば、被告会社に右の出向社員を通じて訴外会社の経営内容を調査すべき義務はないというべきであって、原告の右の主張は失当である。
4 また、原告は、被告会社が断定的判断を示して新株の引受けを勧誘した旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない。
よって、その余について判断するまでもなく原告の被告会社に対する請求は理由がない。
五以上の次第であって、本件請求は、被告武光及び同勇吾に対し、連帯して金三三〇〇万円及びこれに対する弁済期の後である昭和五三年三月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余の請求はその余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官久保内卓亞 裁判官菊池徹及び裁判官齋藤繁道は、転任のため、いずれも署名押印することができない。裁判長裁判官久保内卓亞)
別紙一覧表<省略>